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もがみの郷土芸能
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最上川太鼓鳥越神楽新庄まつり囃子角沢小学校み神楽萩野・仁田山鹿子踊稲沢番楽
志茂の春馬平枝番楽釜淵番楽八敷代番楽川の内囃子黒沢餅つき唄堀内田植え踊
津谷神楽鮭川歌舞伎合海田植え踊りさんげさんげ合海盆踊り大蔵太鼓


◆新庄市◇  
◆◇最上川太鼓 

最上川太鼓は、昭和64年に本合海地区の有志で結成された創作太鼓のグループです。本合海は、最上川中流部の舟運で新庄盆地の入口として遠く太平洋側への中継地として栄えた場所です。山形県を流れる母なる川・最上川にこだわり、地元の民話などを題材にしています。代表曲目は、一人打ち二丁太鼓「笛吹き沼伝説」などがあります。


◆◇鳥越神楽

鳥越神楽は、鳥越地区に伝わる二人立ちの獅子舞で、伊勢神楽の系統をひく太神楽といわれています。伝えた人物が土地の守り神となり、当時、猛威をふるっていた流行病を獅子舞で鎮めたとされ、かつては正月と田植えの5月、稲刈り後の9月に地区の各家をまわって家内安全五穀豊穣の悪魔払いを行っていましたが、現在は5月の日曜日と8月16日に地区の公民館で演じられています。演目は「福舞」・「長獅子」があります。


◆◇新庄まつり囃子

新庄まつり囃子は、山車に欠かせません。周辺の村の若者たちの役目で昔、花車大八という流れ者が祇園まつりの囃子を習い、それをまねて作曲したといわれるものです。曲は山車が町内を出発するとき演奏される「寄せ」とゆったりした「二上がり」哀愁をおびた平調子の「宿渡」力強い急調子の「羯鼓」があります。


◆◇角沢小学校み神楽

 み神楽は、農村で受け継がれてきた芸能をアレンジしたもので、稲刈りの過程を農民の豊作への願いや喜びをこめて表現しています。角沢小学校の教諭が昭和60年に秋田のわらび座でみ神楽を習い、学校で子供たちに教え披露したのが始まりです。み神楽は平成7年角沢八幡神社に奉納され、以後毎年8月15日の角沢祭で行われるようになりました。

◆◇萩野・仁田山鹿子踊 

萩野・仁田山鹿子踊は、七人の踊り手と二人の地方(じかた)で構成されます。カモシカをかたどった鹿子頭に膝まで垂らした袋状の幕を付けて、腹に羯鼓と呼ぶ小太鼓を抱えて踊ります。主役は中鹿子、両脇には勝鹿子と負鹿子が、その後ろに前・後舞子が二人ずつ四人が付くという体型で、この七頭が絡み合う「狂い」という場面がクライマックスになります。地方は垂れ布のついた饅頭笠をかぶり、着流し姿で太い竹で作った「ささら」という楽器をすり鳴らしながら御詠歌詞の唄を歌います。この鹿子踊は、鹿子が背負っている幟の文字「十日風」・「五日雨」が示すように、この地方では十日ごと風が吹き、五個ごとに雨が降ると豊作になるという言い伝えから五穀豊穣を祈願する踊りと考えられています。また、カモシカを模した鹿子踊は非常にめずらしいものです。萩野は9月23日に宝積寺で、仁田山は8月15日に仁田山地蔵堂で、8月26日には新庄まつりの最後を飾って新庄城跡に奉納され、市内各所で披露されています。山形県無形民俗文化財に指定されている貴重な郷土芸能です。


 お問い合わせ先 : 新庄市商工観光課 TEL 0233-22-2111

金山町
◆◇稲沢番楽

稲沢番楽は、神室山の山伏が里で舞ったものと秋田県の矢島から伝わるものが合流した600年の歴史を持つ番楽です。かつては、旧暦の8月25日に作神様にお礼として奉納していましたが、現在は地区公民館で、毎年元旦に上演されています。五穀豊穣、悪鬼退散、家内安全を祈り、獅子頭に面はち巻きをつけ、小袖袴や鎧姿で舞い、囃子は笛、太鼓、鉦という構成です。昭和39年保存会が結成され、平成9年金山町の無形文化財に指定されました。

お問い合わせ先 : 金山町産業課 TEL 0233-52-2111

◆最上町◇
◆◇志茂の春馬

志茂の春馬は、かつて最上町は全国的にも有名な馬の産地で、生活の中で馬はとても大切なものでした。約150年前から志茂地区に伝わり大切な馬の無病息災を祈って、行われるようになったとういう春馬の行事です。仮装の馬が家々に、家内安全・無病息災商売繁盛などを祈願したお札を配り、小国馬方節を唄いながらまわり歩きます。現在は、春の農休日(さなぶり)に行われています。

お問い合わせ先 : 最上町交流促進課観光係 TEL 0233-43-2111

室川町◇

◆◇平枝番楽


 平枝番楽保存会の結成は町内で一番古い。継承活動として「平枝少年番楽」の取り組みがあります。旧暦8月1日に神明神社の祭典が行われ、神殿での奉納獅子の後、門獅子が行われ、平枝小体育館で番楽公演が行われます。また、地域の昔話を語り継ぐ語り部の育成にも力を入れています。

◆◇釜淵番楽

釜淵番楽の獅子舞は、江戸時代に新庄藩主から幕をいただくほど素晴らしい舞であったといわれています。釜渕囃子は戦後の復興の際、祭を盛り上げるため山車とともに集落を練り歩いたのがはじまり。現在、祭は9月14日、虚空蔵様の祭典として行われています。神社に獅子舞が奉納された後、家々を廻り、門獅子が行われています。山車は地区内を廻り囃子は祭に彩りを添えます。

◆◇八敷代番楽

八敷代番楽は、町内最古の番楽といわれています。 9月13日の山神社の祭の獅子舞を奉納した後、宿になる家で番楽公演が行われます。八敷代番楽は、はっきりとした記録が残されていませんが、町内では最も古い番楽といわれています。昭和の初期までは一晩では舞い切れず、二晩通して舞ったほどの隆盛を極めました。現在では毎年9月12日に山神神社に奉納されています。

◆◇川の内囃子

川の内囃子は、歴史も古く、最上地区の囃子の元祖とされています。延宝9年(1682年)庄屋 新田嘉右衛門が四国高松吉祥稲荷大明神を観請し、村の繁栄を祈願したのが始まりとされています。祭は8月15日に行われ、山車の後に囃子はついて廻り集落内を練り歩きます。

◆◇黒沢餅つき唄

黒沢餅つき唄は、餅をついて食べることは大きな楽しみで、行事のたびに唄をうたいながら餅つきが行われていましたが、この唄は、馬作りの行事のときの唄で、江戸時代から伝わっています。
こね唄、つき唄、返し唄の3つからなり歌詞から唄が生活に根ざしていたことがうかがえます。

お問い合わせ先 : 真室川町産業課 TEL 0233-62-2111

◆舟形町◇

◆◇堀内田植え踊


堀内田植え踊は、最上川舟運でにぎわっていた約200年前、船頭たちが堀内の若者に教えたといわれる踊りです。秋の豊作を願う予祝行事で旧正月15日から20日まで堀内と本堀内と本堀内各家をまわって踊り歩きます。田植えの衣装で踊り手4名、囃子4名、歌い手2名の計10で構成され、曲目は「正月」、「四方がため」、「あがりはか」の3曲があります。舟形町無形文化財に指定されています。

お問い合わせ先 : 舟形町農業観光課 TEL 0233-32-2111

◆戸沢村◇

◆◇津谷神楽


津谷神楽は、約250年前の元文年間の重なる大洪水による飢饉や疫病が流行したとき、五穀豊穣無病息災を願って津谷太子堂に奉納されました。舞を終えた神楽に頭ををかんでもらうと、その年は無事安全に過ごせるといわれています。神楽舞は、8月10日の晩と20日津谷神社祭典の神輿の行列の後に行われています。

お問い合わせ先 : 戸沢村産業振興課 TEL 0233-72-2111

◆鮭川村◇

◆◇鮭川歌舞伎
  定期公演 :7月第1日曜日

 鮭川歌舞伎は、村内には約220年前から、川口・上大淵・京塚・石名坂の各地域に伝わってきたといわれる村芝居がありました。その4ヶ所の村芝居が合併して結成されたもので、起源は古く安永2年ごろ、江戸歌舞伎役者により伝承されたものが引き継がれてきました。今までにも後継者難や衣装破損によって上演不能になったこともありましたが、昭和47年、東京の歌舞伎役者市川千升座長により衣装の寄贈を受け、同年保存会を結成することになりました。そして、昭和49年には、鮭川村文化財指定第一号として保存されています。代表的な出し物は、仮名手本忠臣蔵全通しを始め、義経千本桜、白波五人男などです。
お問い合わせ先 : 鮭川村総務課 TEL 0233-55-2111

◆大蔵村◇ 

◆◇合海田植え踊り


出陣のとき、戦の神である八幡神社に、戦勝祈願の太鼓を打ちならしたのがはじまりで、今も青少年に受け継がれています。清水城主がひろめたというこの合海田植え踊りは、約440年の歴史と伝統があり、今日なお保存会の手により伝承されている。田植えの終わった6月の「さなぶり」に合海集落全戸を訪れ極めて珍しい「門づけ舞い」を毎年披露しています。

◆◇さんげさんげ

 出羽三山(特に湯殿山と深く関わる)の年越し行事です。元来旧暦の12月6日から8日にかけて行われていたが現在では1月7日に行われています。行者場に籠もる村の男たちは前日から精進潔斎し、家庭と断絶した行者となり三山参りのいでたちを模し身支度して「お行さま」となります。神職の先達でご祈祷が行われ、「さんげさんげ六根罪障」と出羽三山を中心とした神々24社を読み上げ、郷中の五穀豊穣を祈願した後、法螺貝の合図で部落内を練り歩きます。50年ほど前から合海地区でも有志による「さんげさんげ」の行事が復活しています。

◆◇合海盆踊り

 合海盆踊りは、古く江戸時代の元禄年間に遡ると言われてますが、はっきりした文献がなく、「盆の16日二度あるならば」と歌われてるように、8月16日は、村の各地で踊られていたものです。この盆踊りは、農村の1年を通じて農作業の一段落した時期に、収穫を前にし、五穀豊穣を願い、又お盆に先祖の霊を迎え、祭りに慰め送ります。そして家族の無病息災、村の安泰を祈願して夜の明けるまで踊られたと言われるものです。

◆◇大蔵太鼓

清水城主五代義高公は出陣の度、戦の神である八幡神社に太鼓を打ち鳴らしながら戦勝祈願をかけたと云います。以来、今日まで青少年の手で脈々と打ち継がれてきており、村の誇り高い伝統芸能として、近年は大蔵太鼓と命名しより一層の充実を目指しています。

お問い合わせ先 : 大蔵村産業振興課 TEL 0233-75-2111



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