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もがみの湧水(最上地域の主な湧水)みんなで守ろう!
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新庄盆地は昔から湧き水がとても豊富だった。今はどうなっているだろう?
そんな疑問からこのマップが生まれました。地域の宝として「より豊かに」「より美しく」守っていきたいという、地域の人々、地元市町村、個人所有者などたくさんの人々の熱意と努力の結実です。今も愛され活用されている湧き水がたくさんある一方で、水量も減り名前を残すだけの湧き水もありました。憩いの場、地域のシンボル、歴史的な背景や景観、誰にでも簡単に行かれるかなどの観点から選びましたが、優劣や上下をつける趣旨は全くなく、また現在飲用が可能かどうかは判断の基準にしていないのでご留意下さい。これらの作業は、山形県の官民共同の団体「美しい山形・最上川フォーラム」の環境保全創造活動の一環として取り組みました。現地調査や資料集め、写真撮影などは、「新庄・最上環境会議湧き水プロジェクトメンバー」があたりました。

イバラトミヨ保護池(いばらとみよほごいけ 太田の清水(おおたのすず)
新庄市/十日町中川原 新庄市/十日町会林寺(えいりんじ)南
昔よりこの辺は猫屋敷(ねこやしき)と呼ばれていた。湧き水も知られており、現在は農地整備のため地下パイプで一ケ所に集められ、大量の水が出水している。池ではイバラトミヨを保護している。周りには公民館があり公園となっている。 指首野(さすの)川の伏流水(ふくりゅうすい)で河川敷の中から湧き出す。昔戸沢藩では堀やたんぼに利用し大切に管理されていた場所である。現在は水量が減ってはいるものの、うれしいことにイバラトミヨも生息している場所である。

お清水(おすず) 角沢の清水(つのざわのすず
新庄市/最上公園北側 新庄市/角沢志津(しづ
戸沢藩の時代から、豊かな湧き水があった。昭和に入ってから市民が利用出来るように現在の原形が出来た。その後土地整備により湧き水は出なくなったが歴史を忘れないよう、現在は水道水を出して新庄市で管理している。 柿崎昭三宅入り口の所から湧き出ていて水量も多い。現在も、新庄市内の人や近隣の人々がポリ容器などを持参して水汲みに来ている。志津地域一帯は湧き水が豊富で昔から湧き水の恩恵を受けてきた、恵まれた土地である。

弁慶の清水(べんけいのすず) 谷地小屋の大清水(やちごやのおおすず
新庄市/休場(やすんば) 新庄市/十日町
休場集落から新田川上流を目指して車道を約5q行くとこの湧き水がある。水量はかなり多い。今は瀬見温泉への山越えをする人も少なくなり、山菜採りの人や、山仕事の人などが、利用している湧き水となっている。 太田踏切の北西側、たんぼの中に杉林があり、墓石が立っている場所に通称「焼け寺」という1701年に焼失した寺があった。その北西に柵で囲まれた人口池にイバラトミヨが保護され市指定の天然記念物にもなっている。

柳の清水(やなぎのすず) お稲荷様の湧き水(おいなりさまのわきみず
新庄市/鳥越金沢新町 金山町/有屋
江戸時代には主要街道であった所に芭蕉の句碑と湧き水の出た池がある。芭蕉の句”水の奥氷室尋ぬる柳かな”新庄市の指定史跡にもなっていて、地域の人々が大切に管理してきた憩いの場所でもある。 神室山(奥羽山脈)への登山者が立ち寄ってこの湧き水を飲む場所である。またそばにお稲荷様が奉られており神水の役割もかねている様子。水量も豊かできれいなため、池を作り鱒を飼ったりしている。五十嵐喜重氏宅で管理している。

中の森長命水(なかのもりちょうめいすい) 10 柳原の清水(やなぎはらのすずみず
山町/羽場 金山町/柳原
歴史街道として、整備された旧奥州街道沿いに、地域の人達が親しみを持って名を付けた「長命水」がある。俳譜師の西田羽長坊の句碑や他の碑もあり小公園となっている。飲み水用具もあり水量も豊かで利用者も多く憩いの場所になっている。 宮・赤渕線不動橋を渡った所にある。往来している人が、気軽に飲用している。風情がる。近くに哀草歌の歌碑「杉群のひとつ蜩切立てる岩山こめてひびきわたれり」がある。夏の暑い日、湧き水を飲みながら「ひぐらし」を聞いてみたい所である。

11 簗場の水(やなばのみず) 12 赤沢の湧き水(あかざわのわきみず)
金山町/小蝉(こぜみ) 最上町/赤沢
下中田、小蝉の釜渕中田線の脇に出ている湧き水で、学校への行き帰りにその水を飲んだり、ペットボトルなどに汲んで家で飲んだりしている味のある水。杉林の下、のどかな景色の中にその湧き水がある。 柴崎安男氏宅の敷地内にある湧き水。一時期、河川工事の影響で水がれになったが掘り返したら数箇所から湧水し今日まで水が出続けている。湧水地には食用の水草が繁茂(はんも)するほか、ヨコタエビの生息を確認することができる。

13 おすず 14 切立泉の水(きったりすずのみず)
最上町/瀬見温泉街川向 最上町/満沢 
小国川右岸の河川敷に釣り人などが利用する駐車場があり、その広場の北側に位置する岩場から湧水している泉(すず)。広場は住民の憩いの場にもなっており、おすずの水は飲料水として利用されている。 満沢の人たちが管理し、日常的に利用しているすず。県道沿いの山肌の割れ目から水が絶えず湧き出しており、地区外の人びとにも良質の飲料水として広く知られている。夏は冷たく、冬は温かな実に口当たりのいい水が湧出する。

15 御前清水(ごぜんすず) 16 さくらの清水(さくらすず
最上町/本城 最上町/瀬見
見性寺の裏手、八幡様がある山の西側の岩場から湧出している清水(すず)。すずのある山全体が小国城跡となっており、城主や家臣たちも飲んでいたと伝えられている。昔は、本城の年寄りや病人が死期の間近になると飲みたがるすずであったという。 瀬見駅の西側から陸羽東線の線路を渡り、’こぶはらさん(小峰神社)’の参道を200mほど登った杉林の中にある泉(いずみ)。豊かに湧き出た水が絶え間なく流れ出ており、かつては清水を「命の水」と呼ぶ人もいたという。

17 白川橋下の湧水(しらかわばししたのわきみず) 18 長寿の泉(ちょうじゅのいずみ)
最上町/白川橋  最上町/細の原 
最上白川に架かる国道47号白川橋の、最西端の橋桁下から滾々と沸き出しているすず。水量は砂の動くのが確認できる程度であるが、湧水場所は小さな池状で小エビも生息している。湧き水は清浄で、かつて飲み水として利用した跡が残っている。 屋号が「六の丞」という結城宅に湧き出しているすず。同家では池にすずを引いて岩魚を飼っている。水量は豊富で現在も生活水の一部として利用しており、通りすがりの人々もすず水を飲めるように杓子などを常時用意している。

19 山刀伐峠の麓の泉
(なたぎりとうげ
のふもとのすず)
20 薬師の水(やくしのみず)
最上町/菅沢地内 最上町/満沢 
山刀伐峠にあるトンネル開通前の旧街道を70〜80mほど登った沢際に湧出している泉(いずみ)。芭蕉師弟が超えた旧道から少しずれているので、師弟がこのすず水を口にしたが定かではないが、元禄時代にも湧き出ていたのであろう。 旧満沢小学校跡地の道路向いに、「醫王堂」(いおうどう)の扁額(へんがく)が掲げられている薬師堂(満沢神社)がある。その薬師堂脇の山際から水量豊富で、実にきれいな水が湧き出ている。満沢地区全体で管理しているすずで、多くの地域住民に利用されている。

21 久之丞の清水(きゅうのじょうのすず) 22 舟形の清水(ふながたのすず)
舟形町/下長沢 舟形町/舟形 
高橋美通氏宅より下った庭に作られた水場。水量が多く冬場は自宅周辺の消雪用、夏は植木や庭の花、畑に使用している。昔は養殖したり、生活用水としてなくてはならない命の水であった。久之丞は高橋宅の屋号である。 猿羽山(さばねやま)トンネル北入口手前を右の道路を入って直ぐの所にある。山の側面から湧き水があり、住民の方達が手桶に汲んで使用している。近くの人の話では水量は多くないが、水を使えば使った分だけ直ぐ出水する清水とのこと。

23 薬師の水(やくしのみず) 24 大清水(おおしみず)
舟形町/堀内松橋  真室川町/前森山登山口
松橋の中心にあって、斉藤勝康氏の玄関脇にある。近くに薬師堂があり千年の歴史を誇る場所でもある。月山(信仰)へ通じる道であったことから、往時の往来する人々の潤いの湧き水であったにちがいない。別名「うがい水」とも云う。 鏡沢より車で約30分の所にある。弘法大師が見つけたと云われ、別名を「長寿の水」。秋田の人達に利用された。水の出口がなく沼になっていて山椒魚が三種類生息している。殿様清水同様に甑山(こしきやま)探究会で管理している。

25 差首鍋のすず水(さすなべのすずみず) 26 殿様清水(とのさましみず)
真室川町/差首鍋 真室川町/前森山林道
昔より生活用水として利用されており現在も三軒の家で使用している。昔はこの水で豆腐を作っていたと云う。側に瀧応寺や地蔵様があり、歴史を感じさせ往時を偲ばせる所である。 由利本荘と出羽仙北を結ぶ矢島街道の途中に、岩の間から湧き出ている冷たい水がある。元禄5年頃、秋田の岩城伊予守重隆という殿様が参勤交代の時、江戸屋敷の妻へ持参したことから名前がついた。

27 大清水前(おすずまえ) 28 金山の炭酸水(かねやまのたんさんすい
大蔵村/白須賀 大蔵村/金山
男清水(おすず)・女清水(めすず)の2つの水源があり、女清水は村の簡易水道の水源として利用している。男清水は少し上流にある。水量は豊かで下流で鱒の養殖を行っている。一帯は水草が多く繁茂しており、自然豊かな良好な水源である。 純二酸化炭素冷鉱泉で、以前はソーダ工場もあった。現在は、カルデラ温泉館で飲泉や部分浴として利用されており、温泉に入った後、この炭酸水を飲用する人も多い。自然豊かなところでのんびりと一日を過ごすことができる。

29 升玉の清水(ますだまのすず) 30 上大渕小助の清水(かみおおぶちこすけのすず)
大蔵村/升玉 鮭川村/上大渕
大蔵村南山橋を右に入って県道片倉・塩線を約1Km登った山道の所にある。30m程下流でワサビを栽培している他、約8haのたんぼの水を賄っており大切な水源となっている。正面に日陰倉(ひかげくら)が見える景観の良い所でもある。 上大渕地区の八鍬小助家は、古文書も伝わる旧家である。「すず」も古くから利用され、その記述も見える。噴出量も豊かで、水中生物やエビなども見られる。今は集落の人達が大事に整備して守っている。

31 湯治の清水(とうじのすず) 32 日下の白髭すず(にっけのしらがすず)
鮭川村曲川(まがりがわ)小杉(こすぎ) 鮭川村日下
羽根沢街道から小杉に通じる道沿いにある。大正年間に羽根沢温泉(はねさわおんせん)が湧き出ると、農作業や山仕事の疲れを癒やすため、曲川の人々はこぞって羽根沢温泉に湯治に出掛けたがその際、心地よく往来者の喉を潤したという。 日下地区から中渡地区への旧街道沿いの湧き水で、その辺りを「すず坂」と呼んでいた。近くに白髭沼があって「小沼にて深きこと限りなし」と伝えられ「雨ごい」の地として信仰を集めていた。

33 庭月観音清水(にわつきかんのんすず) 34 水神様のすず(みずがみさまのすず)
鮭川村/庭月観音境内  鮭川村/大久保沢
湧き水地点は、本堂から300mほどさかのぼった所にある。すぐ近くに縄文中期の古代遺跡があり、信仰のお山・日山のふもとから湧き出す泉は千年の時を越えて息づいている。あたりを汚すと罰があたると伝わる「命の水」である。 場所はエコパーク内にある。大久保沢の語源は「大久坊」であり、修験や山岳信仰の全盛時の例祭からきている、そこから出る湧き水は祭禮に用いられ、いつのまにか水神様が祀られ現在に至っている。しかし現在の水量はあまりにも少ない。

35 北の妙(きたのみょう) 36 清水の家(すずのいえ)
戸沢村/古口(メダカの学校)   戸沢村/津谷
テレビでも紹介された、古口小学校の児童等の体験学習の場でもある。自然豊かな湿地帯でヨシが茂り、山の近くから湧き水が出ていて、周りの水たまりや小川ではメダカが泳ぐのを観察することが出来る。秋になると多種類のトンボが飛び交う。 津谷駅からごく近い所にある。昔を知る人の話では、各家庭で、テンビン棒をかついで湧き水を運んでいたことを思い出すという。現在は水道が普及したこともあり、飲み水としてはあまり利用されていない。往事を偲ばれる湧き水。

37 野呂田の湧き水(のろたのわきみず)   ”きれいな水は汚したくない
       汚れた水はきれいにしたい”
戸沢村/上松坂

松坂より鮭川に向かう途中に野呂田という集落があり、そこに50年前には飲み水として家庭でも使用していた湧き水がある。現在は池とたんぼに使用しているが、昔より水量は減って、鯉の養殖もやめて雑魚だけの池になっている。 「美しい山形・最上川フォーラム」では、山形県民の心の拠りどころである「母なる川 最上川」を美しく快適な県土づくり運動のシンボルに掲げ、最上川を全国、世界に誇れる姿で次の世代に引き継ぐとともに、人々が交流し合い生きがいを持って快適にくらすことができる山形をつくることを目指しています。
 趣旨に賛同する県民、NPO、各種団体、事業者、大学、行政機関が参加して、話し合いを重ねながら、最上川の清流化や環境美化、景観向上など様々な課題の解決や夢の実現に向けて活動を続けています。

資料:もがみの湧水より 
発行:美しい山形・最上川フォーラム(最上地域)
お問い合せ先:新庄・最上環境会議 TEL:0233-22-3480
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